宮沢賢治について(なぜ山猫軒なのか)初めて賢治を知ったのは、小学校の講堂で見た学校巡回の劇団による「オッベルと象」だったと思います。
劇の内容よりむしろ貧しい小学生には象の食べるバナナがうらやましかった事を
思い出します。改めて意識したのは、大学の農学部の2年生になった時でした。食品化学の教授が「君たちの大先輩に
宮沢賢治という立派な人がみえますが、作品を読んで知っているひとはいますか。」
と生徒に最初の授業の時に問い掛けられました。一人も手を挙げるものがいない中で教授はいかに賢治が優れた化学者
であり農学者であり、また詩人であり、童話作家であるかを熱く語って下さいました。
その授業に感激した私は、童話集を読みいつしか心の片隅で賢治を尊敬するようになったのです。時は移り紅顔の美青年が中年と
呼ばれる年齢となり焼肉レストランをオープンすることになりました。店の名前を決めなくてはいけません。

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